34 2-1 36 42 45 26 63 44 75 61 土地区画整理事業が行われたつつじが丘地区(昭和54年撮影) 工業地帯と住宅地を分離するグリーンベルト(令和7年撮影) 都市 計 画 道 路 知多 市のあゆみ 分 野 別のあゆみ 2 まちなみ 都 市 計 画とは 、 都 市の秩 序ある 発 展のために策 定される 計 画で、その内 容や 手 続きは、都市計画法 に定められています。 本市の都市計画は昭和 年に始まり、人 口 増 加に 対 応し た 市 街地 形 成を 目 指して、 年に 名 鉄 寺 本 駅・新 舞子 駅・巽ケ丘 駅周辺に商業地域、住居地 域が定められました。 年には、無 秩 序に街 が 広 がらないよ う 、市 街 化を 促 進する 区 域と 抑 制する 区 域を 分 ける 区 域 区 分 が 定 められ、岡 田 地 区の 中 心 部 な ど が 市 街 化 区 域 と な り ま した。 また、臨海部の埋立地が工業専用地 域に定められ、工業化が進 められましたが、 緑 地 帯( グ リ ーンベルト )を 設 け る こ と で 工 業 地 帯 と 住 宅 地 を 分 離 し 、住みやすい環 境となるよう 努め ました。 そ の 後 も 、区 域 区 分 の 見 直 し や 土 地の 区 画 を 整 えて宅 を 造 成 す る土 地 区 画 整 理 事 業の 実 施 な どに より住みやすい地域を増やし、 鉄道 駅 周 辺 を中 心に 市 街 化 を 進 めてい きました。 こ れ までに 行われ た 土 地 区 画 整 理 事 業 は 、 地 区・約 4・ ㎢に 上 り ま す 。 年 開 始 の 朝 倉 土 地 区画 整 理 事 業 で 、旧 日 本 住宅 公 団 に よって 本 市 最 大 の 約 0・ ㎢が 開 発 さ れ 、つつ じ が 丘 1 〜 4 丁 目 が 誕生 し まし た 。ま た 、 年開 始の 知 多 新知 土 地 区 画 整 で は 、大 規 模 店舗 としてイト ー ヨ ー カ ド ー が誘致されました。 都 市 計 画 道路 と は 、 都 市 計 画 として決 定された 生 活や 経 済 活 動の 基 盤 と な る 道 路のことで、 本 市では昭 和 年に整 備された南 北 軸の臨 海 線 、東 西 軸の長 浦岡 田 線を 含む8 路 線が 始 まりです。その後 も 新たな都 市 計 画 道 路の整 備を 進め、現 在は路線に上ります。 主 要 な 市 道 の 整 備 で は、日 長 か ら 岡 田へ南 北 に 延 び る 道 路と し て 東海知多線の整備を行い、 平成 年 月に 開 通し まし た 。ま た 、 年 2 月の 佐 布 里 緑 と 花のふれ あい公 園 の開 園に合わせ 、東 部から 佐 布 里へ 東 西に 延 びる 道 路 として知 多 刈 谷 線 を整 備 し ま し た 。そ の 後 も 整 備 を続け、 総延長 ㎞を超える路線 が、 年3月に開通しています。 年 に は 、東 海市 か ら 常 滑 市 に 至 る 、高 規 格 道路 の 西 知 多 が 都市計画決 定され、本市内におい て は 国 と 県 に よ り 、常滑 市 境 か ら 長 浦インターチェンジまで の区間の整 備が進められています。 知 多 市 彩 景 文 化 財 知 多 市になるまで 知 多 市のあゆみ 統 計データ 年 表私たちの住むまち 知 多 市の今
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